田村智久さん(「府中市パーキンソン病友の会」元代表)、田村すみれさん(同会事務局長)
写真家・田村智久さんは商業カメラマンとして幅広いジャンルで活動していましたが、45歳でパーキンソン病の宣告を受け、そのキャリアを失いました。それから18年、智久さんは府中市郷土の森博物館で園内の景色を撮影し続けています。今の智久さんにしか撮ることのできない瞬間を求めて。
「今、この瞬間を」
田村智久さん(「パーキンソン病友の会」元代表)、田村すみれさん(同会事務局長)
写真家・田村智久さんは商業カメラマンとして幅広いジャンルで活動していましたが、45歳でパーキンソン病の宣告を受け、そのキャリアを失いました。それから18年、智久さんは府中市郷土の森博物館で園内の景色を撮影し続けています。今の智久さんにしか撮ることのできない瞬間を求めて。
「長い付き合い」のスタート
智久「化粧品会社の宣伝部が、私のカメラマンとしてのスタートですね。その後独立して、次から次へとチャンスをいただき、幅広いジャンルでやりたいことをいろいろと経験させてもらいました。
すみれ「私たちは同じ会社で知り合ったんですよ。私は広報の仕事をしていたので、一緒の仕事も多かったですね。お付き合いし始めても、お互い職場では知らない人みたいな顔をしてね(笑)。今みたいにスマホもない時代でしたから、大変でしたね(笑)。
その後、結婚して、子どもが生まれて、主人は独立して。私もずっと働いていたので、お互いに忙しくしていました。
……そんな時、主人がゴルフ中に、一緒にいた人に『左足を引きずって歩いている』と言われたんです。それで病院に行き、パーキンソン病だと診断されました」
智久「自覚症状は全然なかったです」
すみれ「すぐには受け入れられないですよね。診断されて薬もたくさん出されたけれど、もう病院に行きたくなくて、医療関係の本を読みあさっていろんなことを試しました。良いと言われていることは片っぱしから。けれど数年たって症状が進み、いよいよ薬を飲まなきゃだめだよねってことで病院を探し、今の主治医の先生と出会ったんです」
智久「その先生はわかりやすく説明してくださって、はっきりと『治す薬はないです、進行を遅らせる治療がメインで、場合によっては死ぬまで普通の生活ができます。長い付き合いになりますから、一緒に頑張っていきましょう』と気持ちに寄り添っていただきました。とても信頼できると思いましたね」
「パーキンソン病」とは?
すみれ「発症する年齢も進行具合も、人それぞれかなり違う病気だなと思います。『パーキンソン病友の会』に入って、同じ病気の方々とお会いしてから特にそう感じますね。
初期はわりあいにゆるやかな進行の方が多いので、診断されてから日が浅く、ご自身でまだ病気が受け入れられない方には『ゆっくりと病気と向き合っていかれるといいですよ』とお伝えしています」
智久「似ている病気があるから、診断が難しくて時間がかかることもあるようだしね」
すみれ「『パーキンソン症候群』というのもあるんですよ。パーキンソン病に似た症状をきたす疾患の総称です。パーキンソン病もその中に含まれますが、他の病気が原因の場合もあります」
智久「認知症でも似た症状が出ることがあるようだしね。治療のためにも、将来的に公的支援を受けるためにも、きちんと診断してくださる神経内科の先生を探した方がいいですね」
「日によって体調がまちまちで、一日の中でも急に体がすくんだり、震えが止まらなくなったりすることもある病気なので、外出する時にはヘルプマークを付けていますが、その認知度が高くなるといいなと思います。見ただけではわからなくても内的に疾患を持っている人もいるので、そういう理解がもっと深まるといいですね」
「またぜひ、お出かけくださいね」
「パーキンソン病友の会」では、どんな活動をされているんですか?
すみれ「毎月定例会を開催して、会員同士の親睦と情報交換の場として気軽に集まれるサロンのような活動を目指しています。幸いいろんな方に応援していただいて、例えばココカラファイン社員の方にもいろいろとご協力いただいています。薬剤師さんによる、お薬のお話とかね。気になることがあってもお医者さんにはなかなか聞けないっていう方、多いんですよ。だから病院じゃない場所で、顔なじみの薬剤師さんに気軽に相談できるのは本当にありがたいです。
その他にも、フェルデンクライス・ジャパン代表のかさみ康子先生に指導していただき、エクササイズ(リハビリ)のワークショップを開催しています。パーキンソン病にとってリハビリはお薬との両輪で、とても大切なんです。筋トレやストレッチのように部分的に負荷をかけるのではなく、体全体の動きをひとつにとらえて動きや感覚に注意を向けるので、パーキンソン病の方にもとてもよいリハビリだと思います。
それから、季節感のあるイベントも工夫しています。気候の良い時期にはハイキングに行ったり、12月にはクリスマス会を開催したり」
すみれ「毎日ずっと家にいる生活じゃなくて、朝起きて『さあ今日は出かけるよ!』っていう日があるのは大事ですよね。同じ悩みを持つ仲間が集まって、気持ちを分かち合うことは大切だと思うんですが、その最初の一歩を踏み出すには勇気がいるのかもしれません。だから気軽に参加しやすいプログラムを考えたり、定例会お知らせのハガキも工夫したりしています」
素敵なハガキですね。暖かいものが伝わってきます。今は参加する気持ちがない方も、これが毎月届くことで、心の中に積まれていく何かがきっとありますよね。
すみれ「しばらく来ていないかたには、手書きで『またぜひお出かけくださいね』とメッセージを入れたりもします。押し付けにならないようにね、でもちょっと目にとまって、行ってみようかなって気持ちになればいいな、と思いながら作っています」
智久「ボランティアを募集しています。一緒に活動してくれる方」
すみれ「そうですね。会の運営は、受付ひとつにしても患者さんがほとんどやるのでけっこう大変なんです。準備や運営など、一緒にしてくださる方がいたらぜひお願いしたいです」
今、この瞬間を
すみれ「府中市郷土の森博物館とのご縁で、2018年に博物館の企画展示室で写真展を開催させていただきました。その後も博物館の入場券に写真を使っていただいたりしています」
郷土の森博物館園内の写真を、ずっと撮っていらっしゃるんですよね。
博物館で田村さんとお仕事をさせていただいていた職員に聞いたんですが、田村さんが「今、撮る!」と思われたらもう誰にも止められないって。撮影する花を探しに、職員が田村さんの車椅子を押して歩いていても、心に響く場所を見つけた瞬間にカメラを持って立ち上がって走りだされるからビックリしたって言っていました。
智久「走り出したというのはオーバーですが、不思議とその時は身体が動くのです。その反動で、撮り終わると妻におんぶに抱っこ状態だったりします(笑)」
すみれ「写真はライフワークですね。元気のもと。身体が思うようにならなくても、それでもできることはやっていけたらね。これからも新しいことにチャレンジしていきたいです。
ここ1、2年で撮影もサポートが必要になったので、今は私も一緒に行っています。撮っている姿を見ると、なんだかちょっと、ホッとしますね」
年齢を重ねると、誰もが「どんなに努力しても、もう自分にはできないことがある」という現実を突きつけられます。それをどう受け止め、そこから先の人生にその想いをどう反映していくのかで、人としての本当の価値が決まるのかもしれません。
40代半ばで若年性パーキンソン病と診断された智久さん。宣告されたショックをどう受け入れ、克服されましたか?…との質問に、「単細胞だからね、わりと短い時間で受け入れられましたね」と微笑まれました。
そんなふうに穏やかに話せるまでに、どれくらいの葛藤があったのかはわかりません。となりにいたすみれさんは、「どれくらいが短い時間か長い時間かは測れないと思うけれど、それなりに悩みましたね。男泣きしてる様子も見てきましたし。その様子を見て私もつらかったし」と、そっとおっしゃいました。
自由にならなくなってゆく身体に、商業カメラマンとしての道をあきらめ、ある時に写真機材を処分したそうです。しかし数年後、ふたたびカメラを手に取ります。今この瞬間を、今の智久さんが撮るために。
写真を撮ることを心から大切にしてきた智久さんだから、手放そうとしても「写真が智久さんを離さない」のかもしれません。
写真を再開した時の気持ちを、智久さんはこうおっしゃっています。
「リハビリを兼ねた軽い気持ちからだったのですが、その時に最初にシャッターを切ったところが府中市郷土の森博物館園内でした。その時の体験は今でも忘れることができません。
ファインダーをのぞいてシャッターを切るたびに、心が高ぶり、森のエネルギーが降り注ぎ、何の制約もなく、無心にシャッターを切り、気がついた時は雪景色の静寂の中にいたという、なんともいえない不思議な時間でした。それ以降、今では夫婦二人三脚の車椅子での撮影です。
森の自然から受ける膨大なエネルギー、応援してくださるすべての方々のエネルギーが私のパワーとなっているということ。そのすべてに感謝しかありません。人生の中で今が一番、充実した時間を過ごしています」
(2019年12月26日 インタビュー)
(2022年8月追記)
田村智久さんは、2022年6月に逝去されました。
22年間にわたるパーキンソン病との「長い付き合い」の中で撮影された膨大な数の写真。そこには「四季折々の花」「風景」「まちの人々の何気ない瞬間」などがうつされています。
花は散り、季節も風景も移り変わり、人は変化してゆく。
誰にも気づかれないまま消えてゆくはずだった瞬間を、智久さんのカメラは捉え、一枚の写真に封じ込めます。
写真を見るとき、時間も空間も超えて暖かい鼓動が呼び起こされ、「その一瞬」が私たちの胸によみがえります。
田村智久さん、たくさんの瞬間を、どうもありがとうございました。
(取材・文 神名川)
「田村智久 写真展・花の森八景」2018年4月~6月、府中市郷土の森博物館 企画展示室にて開催されました。