糟谷 明範さん(理学療法士、株式会社シンクハピネス代表取締役)
理学療法士の糟谷さんは、府中で訪問看護ステーションやカフェを経営しています。医療とは直接関係なさそうな「カフェ経営」、なぜそこに力を入れるのでしょう……?
地域社会の“空気”を変える
糟谷 明範さん
「病院や施設で白衣を着ている人って、ちゃんと地域のことを考えているのかな……」「医療者って、なんで上から目線の人が多いんだろう……」みなさんは、そう思ったことはありませんか?
そんな空気を変えようと、理学療法士の糟谷さんは白衣を脱ぎ、地域で訪問看護ステーションやカフェの経営を始めました。住民と医療・介護の懸け橋になるために。
「助けて」を言い合える関係に
「地域住民が集まって、まちづくりについて意見を交換する機会があったんです。僕はその時、とにかくみなさんに医療のことを伝えたいと強く思っていて、『僕は理学療法士です、みなさんが地域の生活の中で困っていることは何ですか?』って質問したんです。
そうしたら、『あなたたちは病院の人間でしょ。地域のことなんかわからないくせに、そんなことを言うんじゃない』と言われました。
……すごく悔しかったですけどね、でも確かにそうだなとも思いました。医療のことは知っているけれど、地域のことはよく知らない。そして最初から医療者として接したら壁ができてしまう。その地域に住んでいるひとりの住民として、みなさんと話をするにはどうしたらいいんだろうと。
それにはまず、人が集まって話をする場所が必要だと考えて、多磨霊園駅の南口商店街の中に“フラットスタンド”というカフェを作りました。人と交わって話をし、地域の課題を見つけて一緒に解決できる場所。そこで話をする中で、実は僕ら医療職なんだって言うと、何かあった時やちょっと変化があった時に相談に来てくださるんですよね」
理学療法士の糟谷さんではなく、近所でカフェをやっているお兄さん、というところから入るんですね。
「そうです。それに地域のみなさんそれぞれが、得意なことをたくさん持っていますよね。何か僕が困った時は、『ちょっと助けてー。どうしたらいいの?』って頼れる。そういう関係性がどんどんできてくると、空気が変わってくると思うんです」
「空気」を変えたい
「医療従事者って偉そうで、患者さんは自分の気持ちを言えない……。そういう空気が今はあると思うんです。僕は病院でリハビリスタッフとして働いていた時、患者さんから『私たちも、あなたたちに気を使ってリハビリを受けているのよ』と言われたことがあります。もう何とも言えない気持ちになって、『はい……』としか言えませんでした。
そんな空気を変えて、医療・介護と地域住民の間にある壁をなくしていく。それが僕のミッションだと考えています」
でも、「当たり前だ、そういうものだ」と広く思われていて、認識すらされていないようなことを変えるって難しいですよね。頑張ったってどうせ空気なんか変わらないよ、ってイヤになる時はないですか?
「僕はめちゃくちゃポジティブに考えるので、続けていれば変わるのかなって。それもただ続けているだけじゃダメで、人と話をしながら続ける、ということが大切だと思います。
相手の考えを聞き、僕の考えも話すことで、共通しているところや自分とは違っているところをなんとなく感じていきます。この作業がすごく大事だと思っています。同じ考えの人と出会うなんてそうそうないですもんね。そうやって対話を重ねることで互いの考え方が影響し合い、少しずつ世間に流れる空気が変わっていくのかもしれません。だからコミュニケーションは大切にしています。難しいですけどね、人と人だから。今、伝えられたくないっていう人もいますし。そこをどれだけうまく、バランスを取りながらできるかですよね」
今できることを、今発信して、今行動する
「デイサービスに行く男性はまだまだ少ないですね。みんなで作業したり歌を歌ったり……それだけでは僕自身も行きたくないかな。今は昔の歌を歌ったりしているけれど、僕が行くときは『世界で一つだけの花』とかを歌わされるんだろうかとか思うとね(笑)。みんなが歌ってたら歌わなきゃ、と気を使うし。もうちょっと違うデイサービスのかたちを作りたいですね。
制度を大きく動かすことはなかなか難しいけれど、ちょっとずつ動いていろんな人と話をしていくしかないのかな、と」
たくさんの人を巻き込んでいくということですね。
「むしろ僕が巻き込まれていく感じかな。
そうするうちに企業や行政からも声がかかって、一緒にやらない?って言ってくれるところも出てきたり」
プラッツでも、2018年の協働シンポジウムにパネリストとしてご登壇いただきましたね。
「府中で、バルトホールのような大きなところで話をさせていただくのは初めてだったんです。他の市町村では経験があるんですけど。当日も知っている顔がいっぱいあって、とても嬉しかったです。ああ、府中で話せるんだって。いつもお世話になっている人たちにちゃんと伝わるように話そう、と思いました」
人前で話す時に、気を付けていらっしゃることは何ですか?
「理論武装にならないようには気を付けています。自分が感じたことや普段から思っていることを素直に話そうと。その瞬間に出てくる言葉を大切に。だから原稿は作らないし、練習もしません」
糟谷さんは日本全国、いろいろな場所から発信していらっしゃいますよね。
「僕も一人じゃ何もできないので、いろいろな人と一緒にやるしかないと思ったんです。あちこちから発信して、たくさんの人とつながり、大勢の人に巻き込まれに行く。地域の方たちみんな、府中、東京、日本中の方たちみんな。一緒に動けば、社会は変えられないかもしれないけれど、社会の“空気”は変えられると思うんです。
今こうしている間にも、地域のはしっこで『助けて』って小さな声をあげながら誰にも届かず苦しんでいる人たち、家族の具合が悪くなってもどこに相談していいかわからなくて悩んでいる人たちがいます。また、病気というほどではないけれど健康について小さな不安がある人は、病院に行っても『大丈夫』って言われてしまうんです。そんな小さな不安が積もって、精神的に追い詰められる人もたくさんいます。
その人たちの声をどうしたら拾えるのか。その人たちに何ができるのか。
僕は、今自分にできることを、今発信して、今行動したい。少しずつでも前へ進んでいきたいと思います」
プラッツ5階のカフェ、オレンジブーツで開催された「しごとバー」に登壇された時の糟谷さん。
糟谷さんのプレゼンテーション能力は高く評価され、MED JAPAN 2016では「リクルート メディカル キャリア アワード」を受賞されています。講演会では蝶ネクタイに半ズボンで登場し、巧みな話術で会場を沸かせます。そこには注目を集め、信念を語る、人を巻き込んでいく強い力を持ったリーダーの姿があります。
このインタビューの時、糟谷さんはリハビリの作業着姿でした。ご自身のお話と合わせ、プラッツの今後の事業についても親身になって相談にのっていただきました。それは府中市民としてプラッツをよい場所にしたいと願う、優しい応援者としての姿でした。
何百人の前で話す時も、一対一で話す時も、誰にでも飾らない口調の糟谷さん。「ひとりの人間」としての優しさと、「理学療法士」としての専門知識で、身体と心のリハビリをしながら空気を変えていきます。
いろいろな人に「巻き込まれ」、言葉にできない心の声を受け止めるその受信力こそが、糟谷さんの強い発信力の源なのかもしれません。
(2019年1月8日 インタビュー)