村上 菊代さん(保育施設「マムのおうち」代表)
住宅街の中にある、一軒のおうち。村上さんは自宅の一室を開放し、マンツーマンの預かり保育を行っています。長い間やってみたいと思っていたことを、実行に移したきっかけとは…?
「やりたいな…」から、「やらなくちゃ!」へ
村上 菊代さん
住宅街の中にある、一軒のおうち。村上さんは自宅の一室を開放し、マンツーマンの預かり保育を行っています。長い間やってみたいと思っていた自宅での預かり保育を、実行に移すきっかけとは何だったのでしょうか?
時代の空気より、本当にやりたいことを
「私が子どもの頃、親戚が集まると大人同士はおしゃべりをして、子どもたちはそのへんで遊んで……というようなことがよくありました。そういう時、私はいつも小さい子の面倒をみていたんです。伯母には『きくちゃんはちっちゃい子と遊ぶのが好きなんだね、上手だね』と言われていたし、もう当たり前のように、大きくなったら幼稚園の先生か保育士さんになりたいと思っていました。
でもまあ実際に成長して進路を決める時になると、OLもかっこよさそうかなって。その頃OLっていう言い方が流行っていたんです。スーツを着て商社に勤めて、なんだか『できる女』になれるかもしれない、なんてね(笑)。
当時、同じ高校の一学年上の先輩とお付き合いしていました。その彼に、私はどういう職業が合うと思う?と尋ねたら『やっぱり幼稚園の先生じゃないの』って。それを聞いた時、素直に『ああ、やっぱりそうだよね!』と思って心が決まりました。
その彼と、のちに結婚しまして(笑)。今の主人です。
当時は、これから子どもがどんどん少なくなるから、子ども関係の資格を取っても役に立たないと言われた時代でした。仕事なんかないよ、苦労するよって。確かにその通り、就職の時はものすごい激戦で、もう無理かなっていうくらい落ちました。学校に求人が来ているところだけでは足りず、電話帳に載っている幼稚園に、あいうえお順にかたっぱしから電話をしました。よくぞあんなにエネルギーがあったなと思うんですけど。それで採用が決まりました」
その時の資格やご経験を、今も活かしていらっしゃいますものね。「資格を取っても仕事なんかない」とあきらめなくてよかったです。
「時代は変わっていきますから。本当にやりたいことならば、その時に世間からどう言われていようと気にすることはないですね」
「マムのおうち」開始!
「結婚して子どもができたあとは、保育園にパートで勤めていました。その頃から自宅でマンツーマンの預かり保育ができたらいいかなって、なんとなく思っていたんです。でも本当に実現させるつもりもなくて、たとえば『芸能人と結婚したいなー』くらいのイメージですよね(笑)。夢の夢の夢」
それがどうして実現に至ったんでしょう?
「実はね、私は10年前に白血病にかかったんです。それまではもう元気なだけが取り柄だったのに。
治療はきつかったです。2年間、入退院を繰り返して。無菌室に入っていた時、くじけそうになった時期がありました。その時に主人から『どうしたら頑張れる?』と訊かれて、『おうちが欲しい』って言ったんです(笑)」
なるほど。そしてこのおうちを買ったんですね。
「本当は一から建てたかったんですけど、建てている間に死んだらどうしようって。笑い話みたいですけど、その時は本当にそう思っていたので建売を探して。
……家を買った時、左の鎖骨から新しい血がドクドクドクドク湧いてきたのがわかったんです。本当なんですよ、で、私絶対元気になる!って思ったんです。不思議ですよね。
新しい家に住み始めてから病気がどんどん良くなり、今は完治しています。私だけではなく、主人の仕事もうまくいき、子どもたちの学校や就職も順調に決まり……と、家族にもいいことがたくさんありました。ここはパワースポットなのかもしれない、と思い始めて、このパワーを皆さんにも感じていただきたくなったんです。
この家で何かしたい!という思いと、ずっと夢に見ていた預かり保育とが結びついて、『マムのおうち』を始めました。
部屋には、可愛い手作りのおもちゃがたくさん。子どもがケガをしないよう、でっぱりにはパッキンがまいてあります。
ママは家庭の太陽だから
「ママにリフレッシュしてほしい、そのお手伝いをしたいということが一番の願いです。
今、マムのおうちを利用してくださる方は、上のお子さんの学校の用事とか、ママが病院に行くからとか、そんな『やむを得ない事情』のある方がほとんどです。もちろんそういう時にも預けていただきたいのですが、そうじゃなくてもママが息抜きをしたいとか、パパと記念日デートをしたいとかがもっとあればなぁ……って。『どうぞゆっくり行ってらっしゃい、その間うんと可愛がってお預かりします、そうしたらお互いにハッピーですよね』と思うんですけれど、なかなかね」
ママがご自身の楽しみのために子どもを預けるのはいけないこと……、という認識が、まだまだ広くあるのかもしれませんね。
「あるママから、お子さんを2時間という約束で預かったんです。ママに用事があるからって。そのママが戻っていらした時、ご本人がすごくニコニコしていたんですね。どうしたのかと思っていたら、『実は1時間くらいで用事は終わったんです。早くお迎えに来ようかな、とも思ったけれど、ひとりで喫茶店に入ってコーヒーを飲んできちゃったんですよ!』って言ってくださったんです。私も本当に嬉しかったです。
ママは家庭の太陽だから、いつも笑顔でいてほしい。でもそのためにはリフレッシュする時間も必要です。そのお手伝いができたらいいなと思っています」
余裕がなくなるその前に
「私自身は息子が2人と娘が1人、3人の子どもがいます。もう3人とも成人しているんですが、子どもが思春期の時は親子げんかもしました。はずみできつい言葉を言いそうになったこともあります。
でも、ただの勢いででも言ってはいけない言葉ってあると思います。『ママ、もう知らないから!』なんかも、つい口から出たりしますよね、突き放すみたいに。でも言われた子どもはとても傷つきます。
心に余裕がなくなると、きつい言葉を投げてしまう。その前にお子さんと少し離れて、ママ自身のための時間を持って、そしてまた笑顔でお子さんに向かい合ってほしいです」
新しい挑戦
プラッツのキッズスペースでも、月に数回「キッズスペース見守り隊」として村上さんに来ていただいていますよね。
「そこでもいろいろな出会いがあります。
印象に残っているのが、3歳くらいのお子さんを連れたママから『私、子どもが苦手で。どうやって言葉をかけたらいいか、遊んだらいいのか、わからないんです』と言われたこと。普通にお子さんと接していらっしゃるように見えていたのに、ご本人はそんな葛藤を抱えていらっしゃったのかなと驚きました」
そのママの気持ち、わかります。村上さんのように、小さい頃から親戚のお子さんと接していらっしゃる方と違って、自分の子どもが“初めて接する子ども”のママも多いと思うんです。
遊び方の正解なんて、おそらくないですよね」
「正解はないです。自分が楽しければいいんです」
そうですよね。頭ではわかっているんですけれど、自信をなくしてしまうこともある。そんな時、村上さんみたいに経験豊富で、しかも優しそうな方に肯定してほしくなります。あってますよ、ちゃんとできてますよ、大丈夫ですよって言ってほしいです。
「その方とお話して、そういうママが気軽に来られるイベントをしてみようという思いが強くなりました。これも以前から考えていたことなんですけど、ひとりではできないし……とあきらめた時期もあって。でも一緒にやってくださる方が見つかったので、挑戦してみようと思います。その方は、私が入っている英語サークルでお知り合いになった方なんですけれど」
子育て関係ではなく、英語サークルの方というところが興味深いですね。
「そうですね。いろいろな場所でやりたいことを話していると、思いがけないご縁があります。今回は“外国人スタッフと英語で遊ぼう”をテーマに、へんてこダンスやリトミック、絵合わせや絵本などで楽しみたいと思っています。
ずっと前からイベントをやりたいと思っていましたが、心配性だしリスクを考えたりして、なかなか踏み出せなかったんです。預かり保育を始める時もそうでしたけれど。でも強い想いを持ち続けていれば、いつか踏み出すきっかけがつかめる時はあります。イベントに関して言えば、プラッツで出会った先ほどのママがきっかけですね。やりたいなぁ……、から、やらなくちゃ!に変わった瞬間でした」
「マムのおうち」に来た子どもが過ごす部屋は、南向きの大きな窓がある和室。そこには村上さんのおばあさまが使っていたお茶道具や、お母さまのお嫁入り道具の茶釜も並びます。託児の時は危険防止のためにマットレスでついたてをするそうですが、まるでおばあちゃんのおうちに来たような雰囲気はそのままです。
「子どもとかかわる魅力を一度味わったら、また味わいたくてたまらなくなる」と微笑む村上さん。「マムのおうち」は子どもにとって楽しく過ごせる場所であると同時に、ママにとってもホッと心が休まる、実家のような場所です。
……そんなに頑張らなくていいのよ。いつも本当によくやっているじゃない。子どもは私にまかせて、あなたはゆっくりリフレッシュしてきたら……?
愚痴も弱音も受け止めてくれる、優しくて強いお母さんのような村上さん。「マムのおうち」は、「ママにとってのおうち」でもあるのかもしれません。
(2019年2月12日 インタビュー)