第13回市民協働推進シンポジウム「地域で育てる、子どもの言葉」開催しました!
アナウンサーとして、長年、言葉と向き合い続けてきた山根基世さん。NHKを定年退職後は、朗読を介して「子どもの言葉を育てる」活動に取り組んでいます。言葉を育てるとは、いったいどういうことなのでしょうか? それによって世の中は、どんなふうに変わっていくのでしょう?
「まちの本屋さん」の店主であり、読み聞かせを行う団体の代表でもある依田和也さんも登場し、地域のつながりを作ることで子どもの言葉を育む活動について考えました。
第一部:山根基世さん講演「今、私にできること」
1・「日常の言葉」を育てるために
36年間、NHKアナウンサーとして働いてきた山根さん。定年後はそのキャリアを活かして、子どもの言葉を育てる活動を続けていこうと思ったそうです。その背景には、当時ニュースになっていた、若い世代が加害者となって引き起こす暴力事件がありました。
「若者の『言葉の力の欠如』という問題がひそんでいると感じました。自分の中にマグマのように渦巻く思いを言葉にできない。自分の心を言葉で表現できないのは、とても苦しい、もどかしいことです。そのもどかしさが、ときに暴力というかたちで噴出してしまう。
言葉の力を育てるために学校でもさまざまな取り組みがなされていますが、どうしても書き言葉に重点を置いた教育になってしまいます。話し言葉の教育としては近年、スピーチやディベートなど、公の場での言葉、パブリックスピーキングがさかんに行われていますが、日々の暮らしの中で自分の気持ちを言葉にしたり、となりにいる人と心を通じ合ったりするための『日常の言葉』を学べる場がないのではないでしょうか。
親や先生だけではなく、多種多様な大人の言葉を聞くことで、子どもは『人間の関係と言葉はセットになっている』ということを知っていきます。日常の言葉を少しずつ自分の中で育て、話し言葉を成熟させていくのです。
これは家庭や学校だけではできませんね。地域のつながりで子どもの言葉を育てる仕組みを作らなければなりません。お互いを縛り合うようなつながりではなく、新しいゆるやかなつながりのかたちをつくっていかなければならないのです。
そのために私にできることは、それまでずっとアナウンサーとして取り組んできた『読む』ということだと思いました。朗読を手がかりとして、子どもの言葉をつくっていこう。地域の人を巻き込んで子どもと朗読をし、異年齢の多様な人の言葉を子どもが『聞く』場をつくろう。地域づくりと子どもの言葉を組み合わせた活動を、定年後のライフワークとして取り組んでいこうと思いました」
2・ごんぎつねプロジェクト、始動!
「その頃、愛知県半田市の新見南吉記念館から、新見南吉の生誕100年を祝う半田市の記念事業として朗読会を開催するというお話がありました。朗読会までの半年間、私は毎月2回半田へ通って、地域の皆さんと『ごんぎつね』を読み込んでいきました。
これは朗読がうまくなることが目的ではありません。さまざまな年齢の方々が集まる中で、子どもたちがいろんな大人の言葉を聞いたり話したりすることで、子どもの心に言葉の種をまきたいと思ったのです。
みんな、本番で自分がどのパートを読むのかを早く知りたいですよね。でも1か月前まで誰がどことは決めず、全員でお話全部を読み込んでいきました。南吉ゆかりの場所へ遠足に行ったり、わからない言葉の意味を書き出してみんなで調べたり考えたり。
あるとき、小学生の男の子がそばへ寄ってきて、つんつんと私をつついて言うんです。『ねえねえ、こんなことさ、ただの“意味調べ”じゃない?』って。私はその子にこう答えました。『そうよ、意味調べよ。朗読というのは作者の想いを自分の心の中に入れて、それを聴いている人の頭や耳ではなく、心に届けることだから。それには言葉の意味や物語の背景を、朗読する人がすべてわかっていなければできないのよ』。
文字を音声にするだけならすぐに読めます。でも朗読は、物語を身体に入れて、自分の言葉にして読むということです。心で感じることが一番大事。本当に感じていれば、おのずからそれが声になっていきます。読むのではなく自分の中に入れたものを『語る』のです。
2013年のこのプロジェクトから10年が経ち、昨年、半田市で南吉の生誕110年記念イベントが行われました。100年の時に小学6年生で参加していた子が大学生になっていて司会をしてくれたのです。とても嬉しかったですね」
3・「私の居場所」を見つけること
「言葉に対する興味を持つこと、大人との関わりの中で人とのコミュニケーションを学ぶこと。それが人生において基本となり、その人をつくっていくのだと思います。
現在は毎年『朗読指導者養成講座』を開催しています。全国でごんぎつねプロジェクトのような子どもの言葉を育てる活動が広がるよう、指導者を養成する講座です。
地域のつながりをつくることで、子どもも成長でき、大人も幸せな時間が持てる。ここが『私の居場所』だと思える場所……、ここにいるのは楽しい、朗読は楽しい、みんなと過ごす時間が楽しい……、そういう時間を持つことが救いになるのです。
不満や怒りの心で満ちた人が多くいるのは、不幸で不安定な社会です。一人ひとりが安心して幸せに暮らしている時、日本全体が幸せになれるのではないでしょうか」
第二部:地域で育てる、子どもの言葉
第二部は、府中のまちの本屋さん、府中書房店主の依田和也さんが登場しました!
依田さん「家業だったので、小さい頃から本屋を手伝っていました。まあ裕福ではないけれど、両親ともに幸せそうに働いているのをずっと見てきて、現在は三代目を継いでいます。2005年には市民活動団体『おはなしキャンプ』を立ち上げました。絵本の読み聞かせをしたあと、その本の登場人物がやっていたことを実際に体験してみるイベントなどを開催していたんです。例えば『ぐりとぐら』に出てくるカステラ。作ってみたくなりますよね。
その後、他の団体と合同で『読み聞かせフェスティバル』や『絵本交換会』なども行うようになりました。
読書離れ・本離れと言われ本屋には厳しい時代ですが、本を介してみんなが幸せになること、それを願って活動を続けています」
依田さんの自己紹介が終わると、会場の参加者から集まったたくさんの質問に山根さん・依田さんが答えていきます。
__若い人たちのタメ語や省略した言葉は放っておいていいのでしょうか? 美しい日本語が失われてしまいそうです。
山根さん「言葉は“猫”なんです。犬のようにしつけはできない。思うようにならないのが言葉です。何が美しい言葉で何がそうではないのか、自分の中に基準を持つことが大切だと思います。でもそれと同時に、自分が正しいと思うことをぶつけあうと争いになるということも忘れないようにしなければいけませんね。他人の言葉に対しては、ある種の寛容さが必要かもしれません」
__第一部で出てきた『話し言葉の成熟』とはどういうことでしょうか?
山根さん「自分の足で立ち、自分の目で見、自分の頭で考え、自分の言葉で語る。これが話し言葉の成熟であり、ひいては民主主義の成熟なのだと思います。『あの人が言うのだから正しい』と、権威ある人の言葉に多くの人がただ追従するようになった時、恐ろしいことが起こるのではないでしょうか。茨木のり子の『倚りかからず』という詩にあるように『倚りかかるとすれば椅子の背もたれだけ』ですよね」
__子どもの言葉を豊かにするための活動を市民レベルで行う時、心にとめておいたほうがいいことは何でしょうか?
依田さん「行政や他の団体など、いろいろな人たちと協力してやっていくことですね。協力があったほうが活動しやすいです。実は私、人と会うことが嫌い、話をすることも嫌い、本当はひきこもっていたい。でもね、多くの人と出会ったからこそ、何十年もずっと活動を続けていられるのだと思っています」
山根さん「ごんぎつねプロジェクトで学んだのは、キーパーソンに理念を理解してもらうことが大切だということ。押さえるべき人を押さえておくとやりやすい。そのためにはキーになる人に深く共感してもらえる言葉を、普段から自分の中に耕しておかなければなりませんね」
__このSNS時代に、本を読むことの意味とは何でしょうか?
依田さん「インターネットでは相手のことを考えていない言葉もあふれています。本はいろんな人の目が入り、いろんな人に直されますからね。やはりその差は大きいと思います。子どもにどんな本を与えたらいいかとよく訊かれるのですが、どれでもいいのであなたがいいと思う本を選んであげてください、と伝えています」
山根さん「インターネット上での言葉の特徴は『促成』ということではないでしょうか。熟慮・推敲する時間を持たない瞬間の言葉です。自分の中にある言葉をじっくり考えることなく、本当ではない言葉で妥協することが癖になってしまうのです。フランスの学者エマニュエル・トッドは、『読み書きは単なる技術ではなく人格形成に深く関わる。一人で本を読むようになった時、内省が始まるのだ』と言っています。自分の頭で深く考えるために、活字を読むことがとても大事な時代なのではないでしょうか」
山根さんと依田さんの真摯な想いが伝わってくる、あっという間の2時間でした。
毎日、何気なく交わす言葉の数々。そのひとつひとつを大切にすることで周囲の人との関係もあたたかく変化していくのかもしれません。子どもの言葉を地域の中で育むために私たちができることは何か、じっくりと考えるシンポジウムでした。